オノレ・ド・バルザック(Honoré de Balzac, 1799-1850)は近代小説の創始者であり、その『人間喜劇』(La Comédie humaine)は19世紀フランス文学の最大の傑作です。この総題のもとに集められた100篇あまりの小説には、2千人を優に超える登場人物が出てきます。
悪魔との契約により身を滅ぼすラファエル(『あら皮』)、純愛の中で官能を極める若きモルソーフ夫人(『谷間の百合』)、冒険と発見を通して自己を作り上げていくラスティニャック(『ゴリオ爺さん』)、男たちを鮮やかに破滅させる貞淑な外見をしたヴァレリー(『従妹ベット』)、悪のポエジーの化身として社会と対決するヴォートラン(『浮かれ女盛衰記』)などが、読者を「西洋の『千夜一夜物語』」の世界へと誘うでしょう。
その登場人物たちの運命を追う読者は、現代社会の抱える問題体系の原点がそこに描き尽くされていることに気がつくかもしれません。『人間喜劇』は、19世紀前半のフランス社会についての歴史書でもあり、モデルニテ(現代性)に翻弄される人間の真実を探る哲学書でもあるのです。
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